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印象派・ポスト印象派の優品の宝庫、イスラエル博物館

モネの《睡蓮の池》、ファン・ゴッホの《プロヴァンスの収穫期》、ゴーガンの《ウパ ウパ(炎の踊り)》、いずれもイスラエル博物館の近現代美術部門の華である。その鑑賞の眼目とは

ー 安井裕雄(三菱一号館美術館上席学芸員)

ワインに当たり年があるように、絵画にも特に豊穣な年がある。わずか10年に満たない画業で、800点を超える油絵を残し、37歳で亡くなったフィンセント・ファン・ゴッホであっても、南仏アルルとそれに続くサン=レミの時代(ただしファン・ゴッホの精神状態の波に呼応するかのように浮き沈みは激しい)の作品は一頭抜きんでている。私生活の波が作品に反映されることのごく稀なポール・ゴーガンの場合でも、タヒチ時代が当たり年である。クロード・モネは86年に及ぶ生涯の間に淡々と2000点を超える油絵を残したが、睡蓮の連作についていえば、1907年が当たり年である。いずれもイスラエル博物館に所蔵され、近現代美術部門のコレクションで光彩を放っている。

モネはジヴェルニーの借家を1890年に購入し、その3年後には敷地の南側に広がる土地を購入して池を掘った。1901年には、池の周囲200メートルにまで拡張した。池は日本の浮世絵から着想を得た太鼓橋が架けられ、ポプラの樹や枝垂れ柳そしてアイリスや薔薇が、水鏡に映し出されていた。睡蓮は夏の日中だけに開花する。1907年の夏、モネは夏の強い日差しの下で制作をつづけた。睡蓮の制作は、この年、質量ともにピークに達した。翌年、モネは酷使しすぎた眼に最初の違和感を覚え、後に白内障と診断される。

作品の持つ情報量に、いまだ技術は追い付いていない

1907年の夏の成果は、48点で構成された1909年の「睡蓮:水の風景連作」展の核となる。このうちの1点が、イスラエル博物館の《睡蓮の池》なのである。

1965年にエルサレムに開館したイスラエル博物館の所蔵品は50万点近くにも及ぶ。まさしく巨大総合博物館であり、約2500点を数える近現代美術部門の作品の中でも特に質の高い印象派、ポスト印象派のコレクションは、開館直後の所蔵品には含まれていなかった。現在の所蔵品の数々に目を向けると、これほどの大コレクションが、20世紀の後半になってから形成されえたことは、特筆に値する。

モネの《睡蓮の池》をはじめ、印象派、ポスト印象派の作品の多くは油絵である。絵具を何層も塗り重ねることのできる油絵は、立体的で奥行きのある多層構造が見せる、複雑な色彩を特徴とする。映像技術が長足の進歩を遂げた現代においても、油絵に限らず絵画には、テレビのモニターや印刷物では、再現できない領域がある。イスラエル博物館の絵画コレクションには、特に当たり年の作品が揃っている。ヴィンテージ・イヤーの絵を味わい尽くすには、展示室に身を置くよりほかはないのである。

年配の男性人の肖像画

安井裕雄 Hiroo Yasui

三菱一号館美術館上席学芸員。四半世紀を超える美術館勤務の間に、ふたつの美術館の立ち上げを経験。2001-02年『モネ展 睡蓮の世界』を共同監修、2016年『拝啓 ルノワール先生』展を監修。2018年に監修担当した『ルドン ―秘密の花園』展で、公益財団法人西洋美術振興財団の第33回西洋美術振興財団賞 学術賞を受賞。2021年開催の『イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜 ―モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン』を担当。専門はフランス近代美術。
美術展サイト:https://mimt.jp/israel/

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