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チャプターTOP

3

ぼくは掃討作戦を開始した。こんどは一匹残らず顔から蠅をなくすつもりだった。ひと目でいいから、すべすべした少年の肌を見てみたかったし、束の間でも、不快な感触から解放された安息を味わってほしかった。
果てしないほどの時間がたった――太陽がすでに山々の頂を金色に染めはじめていた――とうとう、ぼくはやり遂げた。すでに死んでいるらしい、しつこくしがみついていた3匹を、ぼくは彼の頬からはがし取った。
ぼくは少年から少し離れて、一匹残らず蠅がいなくなったかを確かめようとしたが、あっという間に鼻先に4匹がとまった。
ぼくはカッとなって、手のひらをひろげて少年の鼻先をはらった。蠅たちは観念して去っていった。
それからしばらく、ぼくは彼のそばに立って、蠅たちが戻ってこないよう見張っていた。
やがて日が暮れはじめた。両親が心配しているかもしれない。ぼくは少年に、明日も同じ時間に来ると約束し、その場を後にした。

こう言えたらよかった。ぼくが翌日も翌々日も少年のところに行ったと。ぼくが少年の傍らで抗議デモか、あまつさえハンガーストライキまではじめたおかげで、彼の両親はしぶしぶ折れ、少年の左右にはべって巨大なヤシの葉を扇ぎながら一日じゅう蠅を追い払うはめになった、と。
でもぼくにとって、現実はまだまだ厳しかった。
その晩、キャンプファイヤーで、ぼくはある少女と知り合った。少女は15歳だった。ぼくは、同い年だと嘘をついた。彼女は信じた。その娘が言うには、地元のアシュドッドの女友だちには、年上の少年たちととっくにアレを済ませてしまったものがいるそうだ。少女の瞳は大きくて、緑色で、肌は小麦色で、昼も夜も同じ白の水着を着て、自分の胸が大きくて形もいいのだと、わざわざ教えてくれた。いうまでもなく、ぼくはその娘に一目ぼれしてしまった。それから数日間、ぼくは彼女やその従兄弟たちと、ひたすらバックギャモンをしていた。少女の気を引きたくて必死だった。
ある日の午後、少女の従兄弟たちがみな泳ぎに行ってしまい、ぼくと彼女は砂浜でふたりきりになった。背中に夕陽が当たっていた。山々の頂が赤く染まっているのが、振りかえらずともわかった。
沈黙が流れた。気まずくならないように何とかしなくちゃと思った。
ここに、ある男の子がいるんだ。何かの病気でさ。とにかく、親はふたりとも、その子を車椅子にのせたまま、一日じゅうテントの外に置いてけぼりにしてて、シナイじゅうの蠅が集まってきて、その子の顔にたかるんだ。
きもちわるい、と少女が言った。
そうなんだ、とぼくは言った。それから、慌てて次の言葉を探した。ぼく、何度かその子のとこに行って、蠅を追い払ってやったんだ。一緒に行ってみる?
いまから? 少女はやわらかい砂のなかに、日焼けした足をもぐり込ませた。どこにも行きたくなんかない、というように。
ぼくは焦った。別に、いまからなんて言ってない。もっと先のはなしだよ、明日とかさ。
そうね、たぶん。少女はそう答えると、いきなり跳ね起きた。ね、泳ぎに行かない?

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