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4

ぼくと蠅の少年とは、それから一度も会えなかった。キャンプが終わる日には、きっと会えると思っていたのに。ぼくらのグループはみな一斉にテントをたたんで集合し、スバルの車列を連ねてエイラットへの帰路につくのだ。あの子の両親に投げつけるセリフを、ぼくは練りあげた。それが無理でも、せいぜいあの子に、別れのことばくらいは告げたかった。約束を守れなくてごめん、と。ところが、キャンプ場の出口の集合場所に、少年の一家は来なかった。
昨日発ったの、と母さんが言った。赤ちゃんがお腹を壊したのよ。
え、だったら、あの……とぼくが言いかけたら、父さんが話を変えた。息子よ、最後にひと目、この海岸を見渡してみろ。自分の目に焼きつけておくんだ。今年じゅうに、エジプトはここに軍事基地をつくるんだ。サンゴ礁と魚たちの生態系は破壊される。
どうしてよ、エジプト人たちがここをリゾート地にすると、わたしは信じてるのに。母さんが言った。
父さんは言い返した。
母さんも負けなかった。
ふたりは言い合いをはじめ、それは延々、エイラットまで続いた。もしかするとアラバのハイウェイに入っても続いていたかもしれないが、知る由もない。ぼくはヨトバタから先、眠ってしまったから。

数か月後、シナイ半島はエジプトに還された。そして以前よりずっと清潔で閑静な場所になった。
ラスブルカは、青い目で感じの悪いエジプト人のシャイフと、そのドイツ人の妻に引き渡された。返還から間もない頃はまだ、イスラエル人の旅行者も入ることができたが、その後インティファーダがはじまると、ちいさな厚紙の看板がかけられ、そこには、ヨーロッパのパスポート所持者以外お断りと書かれてあった。
アシュドドの美しい少女は、それから何ヵ月か、ぼくの妄想の中心にいた。やがて、どんな顔立ちだったかも思い出せなくなり、シャロン・ハジズ(*2)に席をゆずった。

蠅の少年のことは、ずいぶん長いこと忘れていた。でもある日、ナブルス(*3)で行った最後の予備役訓練の後で部隊転属を願い出たときに、だしぬけに思いだした。ぼくはアイン・アワール検問所の守衛ブースに一人で座っていた。星を数えながら、とぎれとぎれの無線に耳を傾けていたとき、なぜだか、ふとあの子の顔が眼前に浮かんだ。心臓が、いっきにスイカ大に膨れあがった。なんてこった、あの子のまつげにも、鼻腔にも、耳孔にも、蠅がたかっていた。あのときぼくは、行くって約束したのに。
彼との約束を誰にも打ち明けなかったなんて変だ、頭の中で、そんな思いがこだました。地上で犯したもっと恥ずかしい行為だって、ぼくはこれまでだれかに打ち明けてきた――秘密、嘘、裏切り――でもなぜか、これだけは違った。帰ったら、妻に話さなくちゃと思った。少なくとも、妻にだけは打ち明けるべきだ、と。だが帰宅すると、双子が高熱で寝込んでおり、交代で看病するはめになって、話をする余裕なんてなくなった――
やがて、決意したことも忘れてしまった。どうしていま頃、また思い出したんだろう。
予備役に出たのは1年半も前のことだったし、ぼくはと言えばいま、キーボードに向かって、明朝行われる会議での光学レーザーのプレゼン資料をつくる作業に追われていた。会社の重役が軒並み顔を揃えることになっていた。ほかにも仕事が山積みで、準備できていないスライドが山のようにあったし、見直さなくちゃならないスライドも山のようにあった。この文書だって、誰かの目に触れることはないだろう。ハードディスクの片隅にパスワード付きで保存され、これからもブブブとかすかな羽音を鳴らし続けることだろう。

(*2)シャロン・ハジズ……イスラエルで人気の歌手・テレビ司会・俳優。
(*3)ナブルス……パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区の街

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