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狭い廊下  

1

©StateofIsrael

 ある60歳の女が、病身の夫と1階の端に住んでいる。女はときおり車椅子に夫を乗せて芝生に連れだし、庭の木陰まで連れていく。その木陰は、1階4番口に住む男が解雇通知を市役所から受け取った晩に発作的に庭木を切り倒したのだが、女の夫のために切り倒すのを思いとどまったわずかな場所だった。
 車椅子を木陰に押していくと、女は夫の前に新聞を広げる。広げた新聞の4隅に小石を2つずつ置いて、女は芝生にあおむけに寝ころぶ。夫は新聞をじっと睨み、読み終えると目をあげて前を見る。そうすると、女は起きあがって紙面をひっくり返し、また小石を2つずつ4隅において寝ころぶ。
 女はその建物の住人すべてを憎んでいる。とりわけ、わたしを憎んでいる。表通りに出るために女の住まいの横を通ると、独りいが聞こえてくる。わたしの悪口をいい、怒鳴り、「2階のシャルムータ(娼婦)がありとあらゆる奇病にかかりますように、死んでしまいますように」と祈り、もうそろそろ迎えを寄こしてやってくれ、と死神に祈る。
 女は住人たちを引き留めてはわたしのことを話し、住人たちは女のおしゃべりを聞きたくないばかりに女を避け、女のせいでわたしを憎んだ。ゴミを捨てに行くときなど、わたしは、そういう視線を感じる。
 女は一定の時をおいては、わたしの部屋のドアの前に砂糖をまくが、それにどんな意味があるのか、わたしには分からない。郵便受けには枯れた草やゴキブリの脚が入っている。月曜日と木曜日には、タイヤの交換にガソリンスタンドに立ち寄る。タイヤが4つとも切り裂かれているのが、朝になって見つかるからだ。つい最近、新車を買ったばかりなのに、女はその車にも魔法をかけ、毎週タイヤばかりか、車のどこかが壊れる。
 数か月前には、わたしの雇い主にも電話してきて、どんな奴と仕事をしているかわかっているのか、などといったという。雇い主はわたしを呼んで、警察を巻きこんだほうがいい、と助言してくれた。こういうのを「妨害」っていうんだ、と雇い主はいった。
 問題は、警察を巻きこめないところにあった。気の触れたあの女のいうとおりなのだ。女は、わたしが息子を殺したといいふらしているが、そのとおりなのだ。
 わたしは、あの女の話はでたらめだ、とみんなにいっていたので、雇い主にもそういった。
 「息子が亡くなったんです。夜中の3時、ベッドで死んでいるのが見つかって。最初は酔っ払ってるんじゃないかと思ったようですが、死んでいたんです。検死で、死因は心臓麻痺だとわかりました。でも母親は、わたしが毒を盛って、検死官を買収したっていうんです。わたしは買収してませんし、毒なんて盛ってません。どうして、毒なんて」
 「母親の話じゃ、色恋沙汰があったそうだね。息子は君にたぶらかされて、それから、何年にもわたって、じわじわと毒を盛られたんだ、といってるぞ」

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