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聖地の偏愛叙情詩 / 下

3

ⒸNaeko Hatano

ムハンマドは深夜2時以降に録音された留守電のメッセージを再生した。まごうかたなきエラの声で、バックには隣人のロットワイラーの吠え声が入っている。そのうえエラがしゃべっているのはアラビア語だ。ムハンマドはふとその声に聞き入って、目に涙をあふれさせた。
「頼むから来て、とティナは言った」ムハンマドが首を振った。「だがおれはそのとき、夜勤でもとりわけ忙しい時間帯に差し掛かったところだった。ティナが数時間後に、自分から、しかも意識不明でやって来ることになるなんて、夢にも思わなかった」
「救急車を呼んだのは?」
「下の階のアメリカ人の女だ。ティナをERに連れてきて、一部始終を話してくれた」
「まったくあの女、何にでも首をつっこみやがる……」ぼくは鼻を鳴らした。
「ティナをギリギリのところで救ってくれたんだぞ。彼女の話だと、ちょうど犬の散歩に行こうと階段を降りてきたところで――」
「ひと晩に何回犬を散歩したら気がすむんだよ!?」ぼくは癇癪をぶつけた。
「何回だっていいだろ、大きな犬だし……とにかく、犬の様子がおかしかったらしいんだ。ティナの部屋のドアに体を押しつけて、しきりに吠えていたと。ドアには鍵がかかってなくて、それで――」
「壊れてたんだ」ぼくは言った。「ずっと修理しようと思ってたのに」
「おれもだ」ムハンマドが申し訳なさそうに言った。「つまりそこでアメリカ人は、手錠のかかった状態でベッドに倒れているティナを見つけた。しかも頭には黄色いビニール袋が被さっていた――」
「お前が買ったバクラヴァの袋だろ!」その袋こそ唯一の証拠だとばかりに、ぼくはやつに平手をお見舞いした。ところがそのとき、ムハンマドが決定的なことを言った。
「ティナの首には暗闇で光る拘束具が付いていたんだ。アメリカ人によれば、暗がりで最初に目に飛び込んできたのはそれだったらしい」
愚かしい遊び心でぼくが贈った、最悪の贈り物だ。
「アメリカ人は爪でビニール袋を裂いたが、ティナはとっくに低酸素状態だった」
「意味がわからない」ぼくはベンチにくずおれた。「ぼくもお前もあそこにいなかったのに、エラがベッドに縛りつけられてたなんて……」
「ティナは自分で自分を拘束したんだ。そういうトリックで彼女は……」
「それくらいわかる!」ぼくは頭をかかえた。「でもだれがエラの顔にビニール袋を? 理由は?」

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