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聖地の偏愛叙情詩 / 中 

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ⒸNaeko Hatano

「お願いだ――目をあけてくれ!」ぼくの言い草はあまりに感傷的過ぎて、昏睡状態じゃなかったらエラはきっと吹き出していただろう。
そこへ警備員がきた。
「こいつを何とかしてください」ムハンマドが言った。
警備員がぼくに同行を命じた。ぼくは拒否した。警備員はトランシーバーで応援要請を入れた。ぼくは警備員にコーヒーをかけた。自己弁護のために言い添えるけど、すごく寒そうだったんだ。警備員はお返しにぼくの腕をねじり上げた。
「捕まえるならこいつだろ!?」ぼくはムハンマドに向かって怒鳴った。「エラに近づくな、このテロリストが!」
それから数時間後、ぼくは警察署で、ごく事務的な感じの若い捜査官から尋問を受けていた。
「エラさんとのご関係について教えてください」
刑務所には向いてないな。じっとりと汗を浮かべながらぼくは思った。ここにあるのは泥土のようなトルココーヒーと集団心理療法の講義くらいだ。
ぼくは捜査官に、エラとのこれまでのいきさつを話した。バスで乗り合わせたこと、キス、「海と陸ゲーム」、ガリラヤのジャンキー、ケンカ、破局。
「で、別れた後あなたはローマに行ったと……」捜査官がうさん臭そうに繰り返した。「いつお戻りに?」
「ローマでバリスタの勉強をしてからマドリードで修行がてら働き始めたんですが、部屋を追い出されて、パリに飛んだんです。自由と兄弟愛はともかく、平等は毛ほどもなかったな。ベルリンではスーパースターになれたけど、あの事件が起こっちまって……」
「どの事件?」捜査官が食い気味にかぶせてきた。
「ひどい事件ですよ。ベルリンの真っ暗なクラブで、腕に貼りつけたネオンステッカーにうっとりしながら踊ってたら、モヒカン頭の小柄な男がおれに向かっていきなり叫んだんです。『なんでそんなに鼻がながい?』って。何が何だかわからないうちに、やつの仲間が現れた。でっかい卵みたいな頭の男です。それで、逃げた方が身のためだと思った。ポーランド人のバーメイドがカウンターの下にかくまってくれたおかげで助かった。一生恩に着ますよ。イェーガーマイスターとシュナップスの箱の間に隠れながら、イスラエルに帰ろうと思ったんです。二年の外国生活が、突然二千年くらいに感じられた」

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聖地の偏愛叙情詩 / 中 

聖地の偏愛叙情詩 / 中 

ロイ・ヘン

著者:

波多野苗子

翻訳:

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