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不思議な子ども(神童) 上

3

🄫Yuki Hashimoto

 なんだか陽気な気分になって、運転手とおしゃべりした。はじめのうちは、もう夏になったねえ、などと世俗一般の話をし、それから、僕はどんなふうに見えるか訊いてみた。
 「かわいく見えるけど、どういうことかね?」運転手がバックミラー越しに僕を見た。
 「かわいい?」僕はうろたえた。かわいかったことなんか、いままで一度もない。
 「タクシーに乗るなんて、いったいいくつなのかね?」運転手が訊いた。
 「45歳」と、僕はいった。
 「子どもみたいに見えるよ」といって、運転手は頭の上のミラーを僕のほうに向けた。「ひげだって生えてないだろ」
 僕は、鏡に映る顔を凝視した。タクシーの運転手のいうとおりだった。13歳ぐらいにしか見えない。さっき僕を乗せたところまで、急いで引き返してくれと頼んだ。さっきの場所に戻ったが、場所そのものが消えていた。ごつごつした岩だらけの荒れ地だった。運転手とずいぶん探しまわったが、さっきの場所は見つからなかった。タクシーに戻り、呆然として後部座席に座りこんだ。
 「宇宙船にでも会ったのかもしれんな」そう運転手はいって、ドアをバタンと閉めた。
 「宇宙船って、どんな?」僕が訊くと、運転手は車を出した。
 「宇宙船だよ」ミラー越しにまた僕を見た。「宇宙船を知らないの?」
 「知ってるけど、どんな宇宙船だ?」
 「どんなのかはよくは知らんが。宇宙船が飛んでるってことしか知らないんだよ」
 「だけど、どうして知ってるんだ?」
 「家内がいってたんだ。あいつは、何でもおれにしゃべる」
  すべすべした頬を撫でながら、僕は前こごみになった。
 「運転手さん、まともな返事がほしいんだよ。どんな宇宙船か知りたいんだ」と、僕はわめいた。だが、骨抜きの声だった。
 「時間は大丈夫かい?」ちょっと間を置いて、運転手が訊いた。
 「ほんとをいえば、ない。だいたい僕には時間なんてない。いつも忙しく暮らしてるんだ。もう遅れそうだ」時計をのぞいた。「だが、どうしても知らなきゃならん」
 「じゃ、そこでちょっと休んで話そう」
 「どこで?」僕は疑い深かった。
 「そこだよ」運転手が小さなカフェを指さした。
  運転手はエンジンをかけたまま舗道に車を止め、カフェに入った。まるきり父と息子だ。運転手の向かいに腰をおろすと、運転手がココアを注文した。自分にはブランデーだ。
 「何か食べるか?」
 「いや」
 「じゃ、話そうか」
 「ああ、話してくれ」と、僕はいった。

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不思議な子ども(神童) 上

不思議な子ども(神童) 上

オルリ・カステル=ブルーム

著者:

母袋夏生

翻訳:

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