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不思議な子ども(神童) 下

3

🄫Yuki Hashimoto

 クソッ、ていったのさ、と息子ナグリスは爆発した。1週はこう、1週はああ。1週はレコード、1週は野菜。裏に冷蔵倉庫があるんだ。見るかい? レコード屋の週は野菜が冷蔵倉庫に入り、八百屋の週はレコードが冷蔵倉庫に入るんだ。こうしてりゃ、飽きもこないだろうけどね。
 何のことかわからないが、と僕はいった。だけど、どっちにしてもドボルザークのレコードが買えるんですね。レコードなら、どれでも構いません。
 氷みたいに冷えたやつでも構わないんならあるよ。息子ナグリスはそういうと、カーテンの向こうに消えた。
 「待て、待てよ!」自分の話の最中に、僕はいきなり大声になり、運転手は緊張した。「そうか……思いだしたぞ。冷蔵倉庫の鍵は、ズボンのファスナーの鎖についていたんだ。僕は店を観察した。主婦たちが野菜をせっせと見つくろっては、満足そうに良さそうなものをビニール袋につめていた。
 元政治家の息子がレコードを手にカーテンの向こうから飛びだしてきて、レコードを僕によこした。僕は片手で受け取り──たしかに氷みたいに冷たかった──片手でポケットから財布をひっぱりだした。
 あ、だめなんだ、ってナグリスの息子がいった。来週払ってください。すみません、レジが違うもんだから。経理をごちゃごちゃにしたくないんだ。それだけは勘弁してください、家族を養わなくちゃだから。そういって、神経質そうにニカッと笑った。
 店を出た僕に息子ナグリスが、来週には忘れないで来てくださいよ、ヘッ、と叫び、いつの間にか、頭の奥底にそいつが生まれたのを僕は感じていた。今週はこう、来週はああ。次の週はレコード、その次の週は野菜。レコード屋の週は野菜が冷蔵倉庫、野菜の週はレコードが冷蔵倉庫。2週後に行ったら、また1週おいていかなくちゃいけない。今週はこう、来週はああ。次の週はレコード、その次の週は野菜。レコードの週は野菜が冷蔵倉庫、野菜の週はレコードが冷蔵倉庫。僕は決して混ぜこぜにしない。きちんとしている。そのとき、もう頭の中にそいつを感じて、僕は頭を抱え込んだ。
 通りに出ても、直らなかった。冷たいレコードを通りかかった庭に放り込み、頭を抱えて歩いた。あんまり痛くて、頭をはずしたくなった。
 「なあ」僕はタクシーの運転手を見つめた。「あの痛みを思いだすと……何か月も我慢したんだ。まだ打撲の痛みのほうがましだろうと思って、壁に頭を叩きつけてみた。廊下の端から助走をつけて壁に突っ込んだりもした。入院するまでは地獄の1年だった。お宅にはわからんだろうけどね」

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不思議な子ども(神童) 下

不思議な子ども(神童) 下

オルリ・カステル=ブルーム

著者:

母袋夏生

翻訳:

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