Israel Music Compilation -3 by Masataka Ishida 石田昌隆

　70年、世界47ヶ国の代表が出場した第1回東京国際歌謡音楽祭にイスラエル代表として出場し、ヘブライ語の曲「ANI HOLEM AL NAOMI（I Dream of Naomi）」を歌いグランプリを受賞したヘドバとダビデ（Hedva Amrani and David Rosenthal）。71年にその日本語ヴァージョン「ナオミの夢」が発売されると大ヒットした。当時、中学生だったぼくは鮮烈に覚えている。イスラエル音楽に接したのは、この曲と、学校でやったフォークダンスの曲「マイム・マイム」が最初だった。
　この日本語ヴァージョンを歌う動画が何年のものか判らないが、日本はこの時代の方が今より外国に開かれていたという気さえする。ダビデは99年に死亡。ヘドバは今なお活動しているようだ。オフィシャル・サイトのバイオには、79年にエジプトとイスラエルが平和条約を締結したとき、ヘドバはエジプトを訪れ、完全なアラビア語で「Dove of Peace」という曲をレコーディングしたとある。ヘドバはイエメン系、ダビデはアシュケナージだ。

オフラ・ハザの代表曲で、これは88年のヴァージョンを使ったMV。この曲から始まる『Yemenite Songs』（84年）が代表作だ。エリックB. & ラキムの「Paid In Full（Seven Minutes Of Madness - The Coldcut Remix）」（88年）にサンプリングされて世界的にブレイクした。
　89年5月と90年5月に来日。ぼくは2回とも撮影した。エキゾチックな美人で強く印象に残っている。オフラ・ハザは、ミズラヒームが多く住むテルアヴィヴのハティクバ（Hatikva）地区で、貧しいイエメン系の家の9人兄弟の末娘として生まれ、歌手だった母からイエメンのフォークソングを学んだ。
　イスラエル人の多様性を世界に示したという意味でも意義深い歌手だったが、00年にエイズによる合併症のため42歳で亡くなった。当時の首相、エフード・バラックは「オフラはハティクバの貧民町から身を起こし、イスラエル文化の頂点を登り詰めた。彼女は我々全てに偉大な足跡を残してくれた」と哀悼の意を表した。

　初めてイスラエルに行った93年12月、そのときチャートの1位だったのは、アキノーム・ニニとギル・ドールの『Achinoam Nini, Gil Dor』（93年）だった。不思議な透明感のある女性ヴォーカルが印象的で、欧米のシンガー・ソングライターの影響を受けているような気もしたし、ギリシャ音楽との共通性を感じたりもした。エジプト音楽のようにダルブッカがリズムを刻んでアラビア音階のメロディーが出てくる曲もあった。それは、地中海とアラブ世界に囲まれながら欧米との結びつきのなかで存在しているイスラエルという国が置かれている立場を、如実に物語っているように思えた。
　アキノーム・ニニは、ノア（Noa）と名前を変えて、94年10月に来日公演を行なった。
　ノアはイエメン系イスラエル人だが、祖先が現在イスラエルと呼ばれている地に移住してきたのは1910年とのこと。当時すでにシオニズム運動が起こっていたが、1948年のイスラエル建国よりはるか前で、ユダヤ人とパレスチナ人が共存していた時代である。
　選んだ動画は、94年にバチカンで「Ave Maria」を歌うノア＆ギル・ドール。

　メイラ・アシュルのデビュー作『解剖（Dissected）』（97年）は衝撃的だった。ジャケットは、牢獄に繋がれたシネイド・オコナーみたいな顔をしたメイラ・アシュルが、じっとこちらを見据えている写真。イスラエルは、東ドイツの中にポツンとあった冷戦時代の西ベルリンのように孤島のような場所だ。背後にアラブ、目の前に地中海。しかしその境界から、浸透膜を通して染み込んでくるように、アラブと西欧のエッセンスが流入してくる。メイラ・アシュルの音楽には、そういう部分がベースにあり、インドやアフリカを旅して掴んだビートなども組み込み、ハイブリッドな表現になっていた。タブラは、イスラエルのレストランのキッチンで働いていたインド中部ウッタープタデッシュ州出身の人が叩いた。
　この動画は、セカンド『Speaks into hooks』（99年）に収録されている曲。メイラ・アシュルが作ったヘブライ語の詞をイタリア語に翻訳して歌っている。これはプリーモ・レーヴィ（Primo Michele Levi　イタリアの化学者・作家。アウシュヴィッツ強制収容所からの生還者）の詩に対するレスポンスだという。

　ブーム・パムを知ったのは、まさにこれ、「Hashish」（07年）のMVをYouTubeで見て、あまりのカッコ良さにぶっ飛んだときだった。以下は、14年7月の来日時に行なった、リーダーのウリ・ブラウネル・キンロトへのインタヴューの一部。
ーー「Hashish」のビートはアラブっぽいですね。
　「バラビ（Balabi）というアラブのビートに近いです」
ーーイスラエルではアラブ音楽が聴かれているのですか。
　「ラジオで普通に聴けます。アラブ系の映画だっていっぱいあったし、そのサントラも入ってきていた。イスラエルに暮らしているということはアラブに囲まれて暮らしているということで、そこがイスラエルのユニークなところです。アラブの文化に触れて暮らしていながらアラブとイスラエルを分けようという考えは馬鹿げていると思う。そもそもイスラエルは移民の国で、アラブの地からやってきたユダヤ人もたくさんいて、文化はミックスしています。ブーム・パムも、アラブ、ギリシャ、東欧の音楽が自然に混ざり合っているグループだし」

　BBB（バルカン・ビート・ボックス）の『Give』（12年）に収録されている「Political Fuck」のMVは最高だ。埃っぽい空気越しの太陽を映し、カメラを水平にティルトしていくと、そこは砂漠のなからしい町にある建物の屋上で、ドラム・セットが置いてある。はじめは歪んだベースのような音だけが聞こえていて、ただならない気配が漂っている。ほどなくドラマーのタミル・マスカット、この曲ではトランペットを吹くオリ・カプランが登場して演奏する音が加わり、トラメガを持ったヴォーカルのトメル・ヨセフが現われて歌い始める。「ピープル、ピープル」という呼びかけから始まるシーンを、トラメガに固定したヴィデオカメラ、GoProで捉えている。今現在のパンクはこれだ。そう確信した曲である。
　BBBの中核メンバーであるこの3人は、いずれもイスラエルの生まれで90年代にニューヨークに移住した。08年の来日公演のとき、トメル・ヨセフはモヒカンで、フィッシュボーンのアンジェロを彷彿させた。ジプシー・ブラスやクレズマーを含むさまざまな音楽がミックスされている。

　クォーター・トゥ・アフリカ。“クォーター”は、4分の1音（アラブ音楽のマカームに基づく微分音）を意味し、“アフリカ”は、アフリカのリズムとグルーヴを意味している。彼らは音楽のスタイルを“Afrab”（アフラブ＝アフロ・アラブ）と自称している。中心人物はふたり。イランからイラクのあたりにルーツがある、サックス、ギター、ヴォーカルのヤキール・サッソンと、イエメンにルーツがある、ウード、ベース、ヴォーカルのエリアサフ・バシャリだ。このMVを初めて見たとき、ふたりはそっくりだと思ったけど、17年10月の来日公演を見て取材した後は、はっきり見分けられるようになった。マフィア役の人は、イスラエルのバンド、Shevaのヴォーカル、Gil-ron shama。ギャングなどその他の登場人物はすべてバンドのメンバーだそう。「Tahabil Tirbach」というタイトルはモロッコの言葉で、少しマヌケになってリラックスすれば物事がうまく進む、という意味だそう。

　ドゥドゥ・タッサはイラク系イスラエル人。普段はヘブライ語で作詞作曲してギターを弾きながら歌うロック・ミュージシャンで、イスラエルでは大スターだ。
　その一方で、1930年代から40年代にかけてイラクで人気を博していたサレハ＆ダウド・アル・クウェイティ兄弟（Saleh and Daud Al-Kuwaity brothers）の曲を、今現在のアレンジを施してアラビア語で歌うドゥドゥ・タッサ＆ザ・クウェイティーズとしても活動している。ドゥドゥ・タッサにとって、サレハ（1908–1986）は大叔父でありダウド（1910–1976）は祖父だ。アル・クウェイティ兄弟の音楽は、エジプトのモハメド・アブデル・ワッハーブに影響を与え、ウム・クルスームに曲を書いてほしいと依頼されるほどだった。しかしユダヤ人だったために48年のイスラエル建国以後、イラクで迫害されるようになり、51年、兄弟は家族を連れて逃れるようにイスラエルへと移住した。そのとき4歳だったダウド・アル・クウェイティの娘がドゥドゥ・タッサの母である。
　このMVは、かつてアラブ系ユダヤ人が集う場所だったが、廃墟になったカフェ・ノア（Cafe Noah）の前で収録されている。

　ネタ・エルカヤムは、モロッコにルーツがあるセファルディの歌手。ぼくは17年11月にエルサレムでライヴを見た。そのときネタ・エルカヤムは、アラブ・アンダルース音楽の女性歌手として40年代から50年代にかけてモロッコで活躍して人気を博し、62年にイスラエルに移住したゾーラ・アル・ファッシア（Zohra Al Fassia　1905-1994）の音楽を掘り起こしてカヴァーするアビアディ（Abiadi）というプロジェクトを披露した。
　ゾーラ・アル・ファッシアもクウェイティ兄弟と同じくイスラエル移住後は差別を受け、屈辱的な晩年を過ごした。ネタ・エルカヤムもまた、セファルディとミズラヒムの人々がアラブ系ユダヤ人（Arab Jews）としてのルーツを見直す気運を捉えるように活動している。

　ギリ・ヤロは、エチオピア北部の古都ゴンダール郊外の村で生まれた黒人のユダヤ教徒、ベタ・イスラエル（ファラシャ）である。84年、4歳のときエチオピア大飢饉が起こり、家族とともにスーダンの難民キャンプに逃れた。そこからイスラエルが用意した飛行機に乗って移住した。イスラエルでは70年に改正された帰還法によって、ユダヤ人とは「ユダヤ教徒もしくはユダヤ人の母親から生まれたもの」と定義された。ユダヤ人は、イスラエルに居住でき、市民権を得ることができる。
　デビュー作『ギリ・ヤロ』（17年）は、主にアムハラ語で歌い、エチオピア音楽らしさを強調しているが、ブーム・パムのウリ・ブラウネル・キンロトのプロデュースでイスラエルの多様性を反映させてもいる会心作だった。17年11月にエルサレムで見たライヴは、ギターのヨナタン・アルバラク、トランペットのセフィ・ジスリングが入ったバンドを率いて歌っていた。すらっとスリムなギリ・ヤロが歌っている姿はカッコ良くて、これは凄いと思った。19年8月に来日公演を行なった。

　クティマンの「Mix Tel Aviv」にも登場してくるマーシュ・ドンドゥルマ。ポーランドのクラクフで毎年ジューイッシュ・カルチャー・フェスティヴァルが行なわれえているが、これは12年に出演したときの映像。
　17年11月にエルサレムのイエロー・サブマリン・クラヴで見たライヴは最高だった。スーザフォンのウディ・ラズ（Udi Raz）とドラムのドタン・ヨゲフ（Dotan Yogev）がフロントで歩き回りながら演奏して、最後は全員客席になだれ込んだ。東欧とユダヤとジプシーの接点を突くイスラエルのバルカン・ブラスのバンドだ。

　リラズは、親の代にイスラエルに移住したイラン系ユダヤ人で、イスラエルの国民的歌手であるリタの姪にあたる。
　リラズはまず女優として頭角を現わしたのち、リタがそうであったように、イランにルーツがあることを露わにしたアルバムを製作した。デビュー作『Naz』（18年）はバターリング・トリオのリジョイサー、2作め『Zan』（20年）はブーム・パムのウリ・ブラウネル・キンロトという、いずれも最先端のプロデューサーによって仕上げられている。
　イスラエルは政治的にはイランと敵対しているが、リタもリラズも広く受け入れられている。一方イランには現在もユダヤ人が1万人も住んでいるが、79年にイスラム革命が起こった後、意外なことに、最高指導者ホメイニ師は「私たちのユダヤ人を無神経な血まみれのシオン主義者と区別して認識している」と述べ、ユダヤ人を保護すべきとするファトワ（宗教令）を発表していた。
　『Zan』には、イランのミュージシャンも密かに参加している。リラズの音楽は両国で支持されているようである。音楽、メッセージどちらも最高だ。